オーストラリアの建国記念日?!祝う人と、祝わない人がいる理由

こんにちは。おーちゃんです。

 

先日の2月11日は日本の建国記念日でしたね。とはいえ日本では、建国記念日だから何か特別なことをするというのはあまりないので、意識しない人が多いかもしれません。

ちなみに、この建国記念日というのは、実際に日本が建国された日ではなく、建国日が明確でないため、後付けで定められた「建国を祝うための日」です。

2月11日というのは、建国神話をもとに、初代天皇とされる神武天皇の即位日である紀元前660年1月1日を、明治期に入って新暦に換算した日です。「建国をしのび、国を愛する心を養う日」として、1966(昭和41)年に定められました。

 

私がいま住んでいるオーストラリアにも、これと似たような国民の祝日があります。

それが「オーストラリアデー」です。日付は1月26日。この日は、「オーストラリア人であることを祝う日」とされています。当日はオーストラリア各地でいろんなイベントが催され、多くの人々が集まり、街が賑わいます。

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写真は当日のオペラハウス周辺の様子です。すごい数の人ですね。 

ところで、この「オーストラリアデー」は、何をもって定められた日なのか。これは今回のタイトルにつながる、とても大切な問いです。

 

実は1788年の1月26日、イギリスからの船が初めてオーストラリア、シドニー湾に上陸し、もともと先住民が生活していた土地にイギリス国旗を掲げました。

つまり、この日はオーストラリアの「植民地化」が始まった日ということになります。

この1月26日から「新しいオーストラリア」が始まったということで、記念日としてオーストラリア誕生を祝っているのです。この日以降、白人の移民は増え続け、今のオーストラリアに至るわけです。

 

では、もともとは誰がオーストラリアに住んでいたのか。それは、「アボリジニ」という民族です。アボリジニは5~6万年前からオーストラリアの地で暮らしていた先住民です。アボリジニは後からやってきた白人たちによって土地や食料を奪われ、迫害され、多くの人が殺害されました。

 

現在アボリジニの人口は90%以上減少し、オーストラリア人口の3%程度となっています。シドニーやメルボルンなどの大都会の中心部ではあまり頻繁に見かけることはありませんが、ケアンズやパースではよくアボリジニを見かけました。

 

そんなアボリジニにとって1月26日というのは、まさに「奪われた日」。この日が「オーストラリアデー」として祝われるのを快く思わないのは当然です。個人的にも1月26日をオーストラリアデーとすることに強い疑問を感じます。

 

実際に先住民族のグループは、オーストラリアデーの日付を「すべての国民が祝える日」に変更すべきと主張しており、先住民の子孫以外にも、オーストラリアデーの日付変更に賛成している人は多数います。また最近では、地方自治体からも日付変更を支持する声があがっています。

現状では1月26日がオーストラリアデーのままとなっていますが、少しずつ、新しい日付を模索する動きも進んでいます。

 

オーストラリアデー当日にこの日を祝っている国民たちは、一体どのような想いで祝っているのでしょうか。個人的には、ただ単純にオーストラリア人であることを喜んだり、家族と友人と楽しい時間を過ごしたり、この日を一つのお祭りとして楽しんでいるだけのように見えました。

 

多くの移民から成り立っている多文化国家のオーストラリア。 オーストラリアは人種差別も少なく、異文化に対しての理解もあり、他者に寛容だというイメージがありました。しかし、このように先住民にとっての「侵略の日」を「オーストラリアデー」として国全体で祝っているのを目の当たりにしてみて、今もなお白豪主義(白人最優先主義)、人種差別が残っているんだということを意識させられました。

 

いろいろと考えさせられた日でした。

みなさんがもしオーストラリア人だったらオーストラリアデーを祝いますか?

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(左:アボリジニの旗、右:オーストラリア国旗)

 

では、今日はこのへんで。

 

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